象牙の歴史

豊臣秀吉も象牙工芸の茶器を用いていました。
象牙工芸は、古く奈良時代から伝えられています

日本へ象牙が伝わったのはいつ頃でしょう。すでに奈良時代(8世紀)には正倉院宝物の中の“紅牙撥鎮尺”などに象牙が含まれており、その頃には象牙が伝来していました。
この事実から、日本でも技法を学ぴ、櫛などを加工していたと思われます。
その後、安土桃山時代、茶道具などに多く用いられ、東南アジアや中国との交易が盛んになるにしたがい、技術的にも大きな発展を示しました。その中には豊臣秀吉が所蔵したと伝えられる“唐物茶入の紹鴎茄子”や、干利体が記した「利休百会記」などから種々の茶道具に象牙が用いられた様子が伺えます。
また、江戸時代初期には根付・印寵・櫛・簪などが日常の生活用品として一般化し、17世紀後半(元禄)から18世紀前半(文化・文政)頃にかけ、多くの象牙工芸品が武家・庶民に愛用されました。
その工芸技術は明治・大正時代に象牙彫刻として隆盛期をむかえ数多くの名工を生み出します。それらの工芸美術晶は海外へも多く輸出され、高い評価を得ています。長い年月に培われた、その卓越した伝統工芸技術は、芸術的彫刻品として世界的に認められ、現在へ受け継がれています。
●象牙柿の木猿彫図印籠/江戸時代作
(印籠美術館・所蔵)
※紅牙撥鎮尺(こうがばちるしゃく)…象牙を磨き、その表層を紅・紺・緑などの色で着色。
これに文様を「はつり彫り」して白との対比効果を意図した技法。この技法を用いた定規。


トップへ